春に「モアナと伝説の海」の映画を見に行き、とっても感動して心に残っています。
一番大好きなヒロインです。(*^-^*)
豊かな自然に恵まれた南の楽園モトゥヌイ。
タラおばあちゃんが、子供たちに昔から伝わる話をしていた。「命の女神テ・フィティの〈心〉には、命をつくりだす偉大な力が宿っていた。その〈心〉を半神半人のマウイが盗んだ時、暗黒の闇が生まれた。だが、闇が全てを多い尽くす前に珊瑚礁を越えて旅する者がテ・フィティの〈心〉を返し、私たちを救ってくれる。」と。
そんな伝説を聞いて育ったモアナは、幼いころ不思議な体験をしていた。まるで、海が生き物のようにモアナに触れ、何かをつたえようとしたのだ。だが、モトゥヌイには島を取り囲む珊瑚礁の外には出てはいけないという掟があり、航海は禁じられていた。掟を守る村長のトゥイは、「大海原に飛び出して、その先に何があるのか見てみたい」という気持ちを募らせるモアナに「海は危険だ。お前の幸せは、ここにある。」と言い聞かせていた。
ある日、モトゥヌイに不穏な出来事が起こりはじめる。ココナッツの木が病気にかかり、魚も捕れなくなった。それらは全て、半神半人マウイが盗んだテ・フィティの〈心〉によって生まれた闇が、今にもモトゥヌイを飲み込もうとしているからだった。伝説は本当だったのだ。
「自分の心の声に従うように」タラおばあちゃんの最後の言葉を胸に自分の運命を知ったモアナは、大海原へと旅立つ。
「どこまでも~How Far I’ll Go 」の歌もとっても好きです。(*^-^*)
監督からのメッセージが掲載されていました。
「”海に選ばれた”少女モアナが冒険する大海原は、私たちの世界そのものを表しています。
人はだれもが計り知れない可能性を持っています。
でも勇気をだして、一歩踏み出しても、大きな壁にぶち当たった時には、葛藤したり、自信を失ったりします。
この映画で伝えたいことは、傷つき悩み迷った時にも、自分の声に従って生きて欲しいということです。
私たちの誰もがモアナなのです。」
モアナは、村長の娘で海に選ばれたから、村人達のために大海原に出たけれど、いろんな障害を乗り越えることで、自分の本心に気づく。
海に選ばれたからじゃなくて、自分の意思でそうしたかったことに気づく。
「私はモアナだ❗」「私は私だ❗」
半神半人マウイは幼いころに海に棄てられたけど、神さまが見つけて魔法の釣り針をくれた。
その釣り針を使って人間のために島を引っ張りあげたり、火もココナッツもあげた。
そして、女神テ・フィティの〈心〉を盗んでしまう。(愛されたかったから)
モアナと一緒にテカアと戦うが、釣り針にヒビが入って、「釣り針がなければ、マウイじゃなくなる」と一度は逃げる。
マウイの体に自然に現れたらミニマウイは、友達であり、マウイの良心でもある。
戻ってきて戦ううちに、釣り針を失うが、〈心〉が戻ったテ・フィティに素直にあやまると、新しい釣り針をもらった。
そして、「釣り針があっても無くても俺はマウイだ。」と本当の自分をもつことができた。
モアナが、溶岩の魔女テカーに「心をなくしたあなた、今こそ見つめ直してほしいの。本当の自分を決められるのはあなただけよ。本当のあなたになって」と言って〈心〉をいれたら、溶岩の魔女テカーは、女神テ・フィティそのものだった。
みんな一人一人が、自由に心の声に従うことで、本当の自分を取り戻すことが大事なこと、そしてそれぞれの個性を大事なすることを教えてくれています。
生まれがどうだとか、親がいうからとかではなく、自分自身で決めることがとっても大事です。
そして、それを決めるのは、自分だけです。
「みんなちがってみんないい」ですね。
そして、タラおばあちゃんが、
「心の声を聞きなさい。素直でありなさい。その声こそが本当の自分だよ。」
「どうしたいんだい?」
とっても優しく諭してくれます。
タラおばあちゃん、大好き❤です。
「どうしたいんだい?」という言葉が、とっても好きです❗
この映画は、私のブログの主旨と同じだから、とても感動したのだと思いました。
「すべてはひとつ。遠隔浄化と気づきにより本当の自分になり、喜びにあふれ、自由に楽しくワクワク生きるお手伝いをさせていただく【力の使い手】思考が現実化する。みんなちがってみんないい」
遠隔浄化は見えない世界を遠隔で浄化します。
気づきは、心の声を聞くことでもあります。
遠隔浄化は痛みや症状を良くすることだけではありません。
遠隔浄化とともに「自分の魂に由来する以外の自分の役にたっていない思考」を手放すお手伝いをさせていただきます。
そして、本当の自分になり、喜びにあふれ自由に楽しくワクワク生きるお手伝いをすることなのです。
「どうしたいんだい?」(⌒‐⌒)