今朝の自然菜園。
雨が降り続いたお陰か、草がいっぱい生えました!!
草はその土地に必要な成分を持つと言われています。
土のバランスを整えるために必要な草が、何もしなくても生えてくれるなんて、なんと素晴らしいことでしょう!!
もうすぐ秋の種まきなので、草が自然の肥料になるといいなと思い、草取りをしました。
抜いた草(根はほとんど抜いていません)は、生えていた場所に置いておくと、自然に枯れて土に還ると思います。🍀
草に埋もれていたナスが立派に育っていました。✨
自然栽培は育つのが遅いです。
父母が育てている慣行栽培のナスは終盤になりつつあります。
久しぶりに土に触って、アーシング🌏️にもなるので心地良い。
足の裏がピリピしています。💓
父母は毎日菜園で何かしらしています。朝夕の涼しい時間ですが、3時間づつ毎日コツコツ、持久力が凄い!!
見習いたいと思います。😊
『日本農業再生論』
著者 木村秋則 高野誠鮮
p262
木村
「人が喜ぶこと、地球が喜ぶことをみつけてさ、行動してみたらいいんじゃないかなぁと思うの」
肥料、農薬、除草剤まみれでいいとする今の農薬の常識を変えるのは大変なことです。
農家の価値観や栽培技術はもちろんのこと、販売や流通の仕組みまで変えていかなくてはいけない。
けれどあきらめてはいけないんです。
一歩一歩皆さんで歩いていけばいい。
川は上流は細くてちょろちょろ水が流れているけれど、下流に行くほど広がっていくわけです。
葉脈に似ていると思いませんか?
人間が生きるときも葉脈のように生きればいいわけです。
今は少人数でも少しずつ自然栽培の仲間が増えていけばいい。
仲間を増やすと言えば、以前、少年院で農業指導をしたことがありました。
12歳以上16歳未満の子どもたちがいる初等少年院です。
少年院では子どもたちに革加工品などを作らせているけど、今はあまり売れないそうです。
少年院を出ると自動車の修理工場で働くことを希望する子どもたちはが多いけれど、彼らを受け入れるところがあまりないし、工場に行ったら行ったで周囲の冷たい目で、1ヶ月もてばいいほうだって。
けれど農業は基本的に個人経営です。
ならば農業をやってみるのはどうかと院長さんが思いついて、私に声がかかったんですよ。
で、私、だれも失敗しないミニトマトをやってもらったんです。
ところが、「なんでこんな汚い仕事をするんだ」と嫌がるわけです。
土をいじると軍手が土で真っ黒くなる。
自動車整備のほうが、オイルでまみれてよっぽど手が汚れますが。土の方を汚いと思うわけです。
少年少女たちの不思議な顔、しらけきった顔を見て、やれやれと思いました。
また、彼らは日記を書かなくてはいけません。
長い日記を書く子もいるし、短いのを書く子もいる。
で、長いのを書くのは女の子が多く、たいていは不平不満を書いているわけです。
「なんでこんな百姓仕事をしなくちゃいけないんた」と。
2度目に行ったときも険悪なままでした。
ところが回を重ねてトマトに芽が出るころから、子どもたちに変化が出て来ました。
そして葉っぱに虫がつくようになったら、
「なぜ虫が来るんだ」
「虫が私のトマトの葉っぱを食べている。来ないで欲しい」
と、トマトへの愛情が芽生えだしてきたんです。
と同時に、
「自分は社会の”害虫”だったかもしれない」
と、過去の出来事を反省する子どもも出てきた。
そうやって心境が変化していくと、子どもたちが軍手をはずして素手で土をいじるようになります。
手は真っ黒で、爪にも土が入っているけど、もうそれも気にならないようになっているんです。
彼らには肥料や農薬を使ったら簡単にトマトはできるけど、それには頼らないでトマトの持っている力を信じてなにも与えずに育てなさいと何度も言いました。
子どもたちも一生懸命トマトを観察し続けていました。
やがてトマトが実りました。
するとお互い出来具合を競争するんです。
「俺のトマトのほうが大きくておいしそうだ」
「私が愛情をかけて育てたのだからおいしいに決まっている」
と満面の笑みを浮かべながら。
そうなると、次に出てくる言葉は
「お父さん、お母さん、ごめんなさい」
なんです。
喜びを知ったから痛みがわかってきたんだな。
だから農作業は、非行に走った人のためにもなるんです。
初等少年院は16歳で卒業しないといけません。
出なきゃいけない。
そこである医者が男の子と女の子を引き受けて畑を貸しました。きちんと見守りもして。
彼らはやがて結婚して、その医者は二人に畑をプレゼントしたんです。
今もまじめに農業に取り組んでいると聞いています。
以上です。😊