アナスタシア
ロシアの響きわたる杉シリーズ
8-1
新しい文明 (上)
から抜擢させていただきます。😊
p260
◎1ヘクタールーーー地球という惑星の一角
「どうしてそんなに1ヘクタールの土地のことに躍起になっているんだ、他にもっと大事なことがあるだろう」と言われることがしばしばある。しかし私は、人生で成す重要なことがひとつだけあるとするならば、それは原初の花咲く地球を今すぐにでも取り戻すことだと考えている。
1ヘクタールの『祖国』の先にあるものが、計り知れないほど重要であるからこそ、私はこの話をしているのだ。このことを説明してきた私の知能や知識、ともすれば熱意や根気強さは不十分だったかもしれないが、少しずつでも人々に理解されはじめたのならば、それは成功だと言えよう。
以前このようなことがあった。私が2003年のスイス、チューリッヒでの国際フォーラムに招待され、登壇した時のことだ。私はロシアに生まれた例のアイデアについて話はじめたのだが、会場の人々にはあまり理解されていないようだった。
ホールからこのような質問が上がった。
「1ヘクタールの土地と人間の精神性がどのように結びつくとお考えなのですか?もしかするとロシアにとっては、土地を耕し作物を作ることが重要なのかもしれませんが、欧州ではその問題はとうに解決されています。私たちは精神性について話し合うためにここに集まったのではないのですか?」
私はいくぶん心を乱しながらも、次のように話しはじめた。
「私が1ヘクタールの土地、そしてそこで土地を整備することについて話をする際、それをとても幼稚な話だと考える人もいるでしょう。欧州で行われるこのような名高いフォーラムでは、壮大な科学や精神性をテーマにした話をするべきなのかもしれません。主催者の方からお聞きしているので、今私の前にいらっしゃるみなさんが、欧州の著名な先進的教育者や哲学者、精神性をテーマとした本をお書きになっている作家、あるいは精神性について深く考察をなさる方々であることも知っています。しかし、ここにいらっしゃるみなさんがそういう方々だとわかっているからこそ、私は1ヘクタールの土地の話をしているのです。
私は愛や精神性といった概念は、物質として具現化させるべきものだと思います。
私が話し、またアナスタシアが意図している1ヘクタールの土地というものは、単なる土地ではありません。そこはみなさんが宇宙とつながる空間なのです。大宇宙のすべての惑星はその空間に反応することで、みなさんにも反応することになるのです。惑星たちはみなさんの友であり、助けとなる存在であり、共同の創造者なのです。
自然の法則の中で行われていることに注目してみてください。例えば、どこにでも咲いているタンポポのような花であっても、宇宙や太陽、惑星と密接に繋がっています。花びらは太陽が昇ると開き、太陽が沈むと閉じます。すべては調和の中にあるのです。何兆キロ、何光年もの距離であっても、そのつながりを引き裂くことはできません。強大な太陽と愛らしい小さな土地の花は一体なのです。彼らはすべてと一体であることによってのみ、自分たちが宇宙に壮大なる調和を創造できることを知っているのです。
また、大地に生える草の一本一本が反応するのは、太陽だけではありません。草たちは他の惑星たちにも、人間の気持ちにも反応します。
例えば次のような実験を行った学者がいます。室内で育てている花にセンサーを取り付け、複数の状況下で花から発せられるわずかなパルスの反応を見るというものです。学者は花が置かれた部屋に三人の人間を順番に入れました。そして一人目にはただ花の横を通り過ぎてもらい、二人目には花に歩み寄って水やりをしてもらい、三人目には葉をむしってもらいました。するとその後、葉をむしった人が近づくたびに針が振れだしたのです。つまり、植物も動揺を感じることがその反応によって裏付けられたということです。
また、主が家を空けると、水が十分にあっても花がしおれてしまうという現象もしばしば見受けられます。つまり、私たちは植物が人間に反応していることをすでに知っているのです。そしてその植物には、好きな人間と好きになれない人間がいる。ということは、植物が感じた愛または愛の欠如したエネルギーは、惑星たちにもそのまま伝わっているということです。
では次に、みなさんが自分の空間、例えば1ヘクタールの土地を想像してみてください。そこには販売用のジャガイモを植えるための土地ではなく、みなさんが一定のレベルの精神性をもって、自ら創造をはじめた土地です。
その土地には、専用業者によってではなく、みなさんの手によって直接植えられた数多くの植物が育っています。それら一本一本の植物や草たちは、愛をもってみなさんに接しています。そしてまさにその植物たち、命ある存在たちには、みなさんのために大宇宙のすべての最良のエネルギーを集め、与える力があるのです。そう、植物たちが集めるのは土のエネルギーだけではないのです。みなさもご存知のとおり、土壌がなくとも育つ植物もあるのですから。
五千年前、人間は数多くの宗教を生み出した古代エジプトの神官たちによって支配されていました。神官はあらゆる意味において、その時代でもっとも裕福な人たちでした。彼らは神殿の地下室に金や宝石を蓄えていましたし、秘密の学問にも幅広く精通していました。ファラオまでもが、資金や助言を求めて彼らのもとを訪れていたほどです。しかし、その権力にも経済力にも何ら不自由のなかった最高位の神官たちですら、各々の所有する1ヘクタールの土地においては、奴隷を一切使いませんでした。それは彼らが1ヘクタールの土地の秘密について知っていたからです。エジプトの古い神殿、神官たちの神殿の壁には、『奴隷の手による食べ物を食べてはならない』と書かれていました。これが、愛をもって植物に接しなければならない、一つ目の根拠です。
二つ目の根拠もご紹介しましょう。古代ローマの元老院に所属する議員のあいだでは、耕作地で働く奴隷がその耕作地とともに売買されていました。その土地に育つ植物に他の人間が触れてはならないとして、奴隷は必ず土地と一緒に売られていたのです。では、どうしてローマの元老院は、奴隷に土地を与えていたのでしょう? そればかりか、家を建てるための資金まで与えていたのはなぜなのでしょう? もちろんそれは、年貢である収穫物の十パーセントを得るためではありますが、本当の理由は、愛と思いやりを一身に受けて育った収穫物を得るためだったのです。人間が効用を得られるのは、そのような食べ物だけだからです。
このように、エジプトの神官も、古代ローマの元老院も、最良のエネルギーが含まれた食べ物が人間の体にとっていかに有益であるかを知っていたのです。対して、今日私たちが食べている食品は、食べ物としては絶対に取り入れてはいけない『死んだ』食べ物です。木からもいでそのまま食べるベリーと店で売られているベリーには雲泥の差があるのです。というのも、店で売られているベリーにはエネルギーがないのです。鮮度の問題ではないのです。そのような実では、人間の魂を養うことはできません。そしてそのようなミュータントの植物をつくり出したのが、我々の科学技術の世界であることは、もはや言うまでもありません。
みなさんが自分の1ヘクタールの土地を持っていないということは、みなさんが、人間にふさわしい食べ物を手に入れることができないということを意味しています。もちろん、お金を払えばなにかしらの野菜を買うことはできるでしょう。ですが、その野菜をはあなたのために育てられたものではありません。ましてや、人間のために育てられたものですらありません。それはお金のために育てられたものなのです。
愛の空間、あなたが自分の手と真心で創造した空間には、癒すことのできない病気など存在しません。
人間は創造主の子どもです。植物界や動物界、空気や私たちを取り巻く空間も、神の創造物です。すべては、神の御霊が物質化したものにほかなりません。みなさんも、自分は精神性の高い人間であると考えるなら、ぜひその精神性を物質化しようではありませんか。
今、創造主が、私たちを上から見ていると想像してみてください。すると、創造主の目に映るのは、我が子が路面電車を運転したり、建築物の工事、店のカウンターに立って物売りをしている姿ばかりです。ですが、、そもそもこのような職業を創造主は意図していません。これらはあなたを奴隷にしてしまう仕事です。創造主は我が子に、奴隷なんかになって欲しいと思っていません。だから創造主は自分の子どもたちのために、奇跡にあふれた素晴らしい世界を創造し、それを私たちに手渡したのです。それを享受し、活かすようにと! しかしそのためには、私たちはこの世界を理解しなければなりません。月とはどんなものか、ノコギリソウと名付けられた草とはどんなものなのかを、私たちは知らなければならないのです。
それでは、1ヘクタールの土地とはいったいどんなものなのでしょう? それは、人間が額に汗して働かなければならないところでしょうか? そうではありません! それは、人間がまったく働く必要のない場所です! その場所をとおして世界が統治されるべきところなのです。創造主に、より多くのよろこびをもたらすのは誰だと思いますか?路面電車の運転手でしょうか、それとも、たとえ小さな土地であっても、そこを楽園に変えた人でしょうか? もちろん後者でしょう。
さて、今日の人々は宇宙への道を拓いたり、火星や月の開拓について学ぶ準備ができているでしょうか? いえ、まだできていません! なぜなら、このままいくと、宇宙にまで武器や公害が出現してしまう、戦争が宇宙でも起きてしまうからです。しかし本来人間は、新しい別の世界を開拓するようにつくられています。 そしてそれは、人間がこの地球を理解し、活かすようになってはじめて可能になることなのです。さらにその開拓は、科学技術を駆使したものなどではなく、テレパシーによってなされるのです。
そのためにもまず人間は、世界の真の美しさが何に宿るのかを、認識すべきです。
例えば、みなさんが暮らすチューリッヒという都市は、素晴らしい都市だと評判です。誰もが「素晴らしい」と口を揃えて言うのですが、では、具体的にはこの都市の何が素晴らしいのでしょう?確かに清掃も行き届いてきれいですし、人々も不自由のない暮らしをしているように見えます。しかし、アスファルトで土を覆ってしまうのは、本当に素晴らしいことだといえるでしょうか? それに草が自然に生えることが許されている場所は猫の額ほどしかなく、それだって数ヶ所しか設けられていない。これは本当に素晴らしいことなのでしょうか?みなさんの都市の中心街に生えている見事な杉木が死にかけているのは、素晴らしいことなのでしょうか? 杉は、煤で、排気ガスで、呼吸ができなくなっています。それに、死にそうになっていたり、呼吸ができなくなっているのは、杉だけではありません。街を行き交う人間も、排気ガスで呼吸ができなくなっているのです。
私たちは、この地上での自分たちの行いをしっかりと見直し、これからのことを話し合わなくてはなりません。ただしその際には、極めてシンプルに話をした方がいいのです。みんなで自分の小さな区画を持ち、各々の知性と精神性を結集させ、たとえごく小さなものであっても、実際に楽園を創造し、具現化させようではありませんか。創造主がしたように、自身の精神性を物質化させ、この大きな惑星のそれぞれの小さな一画を、花咲く園に変えようではありませんか。これを世界の何百万人もの人が行ったとしたら、すべての土地が花咲く園となります。そして、みんなが偉大なる「共同の創造」に夢中になるのですから、戦争など起こるわけがありません。もしもロシア人たちがスイスやドイツに押しかけるようなことがあるとすれば、それは単に、真の精神性を物質化した実例である、美しい生きたオアシスを視察し、自国に取り入れるためです。
ロシアは現在、残念なことに西側諸国のようになろうとしており、ロシアの政治家たちは、演説の中で西側諸国のことを取り上げては『発展した国々』『文明化した国々』と呼び、『発展』や『文明化』において西側諸国に追いつこうと呼びかけています。ですが、我が国の政治家たちは、あっという間に追いつくどころか、大きく引き離すことができるのだということにまだ気づいていません。そしてそれは、西側諸国とは逆の方向へと舵を切った場合にのみ、起こりうるのです。
私は、みなさんが住む西側諸国の文明をおとしめたり、侮辱したりするつもりはまったくありません。でも今、私たちは精神性について話をしているのですから、お互いに誠実であるべきです。精神性は、物質的な豊かさや技術的な発達だけでは測ることができません。そのような、科学技術に偏った発展の道は、決まって人類を破滅へと導くのです。ここにお集まりのみなさんならば、きっとこのことをお認めになるはずです。しかしそれならば、みなさんが破滅に向かって先頭を走っていて、我々ロシア人があとに続いているということもお認めになるはずです。ですから、立ち止まって、今、世界で何が起こっているかを考えてみてください。そして、現状に気づいたら、あとを追ってくる者たちに大声で教えてあげてください。『みんな止まれ、こっちは断崖絶壁で、僕たちは気が付けば崖っぷちにいる。他の道を探すんだ』と。
私たちは、自分のハートの声に耳を傾け、精神性について語る自分の言葉を物質化するように、変わっていくべきです。確かに、1ヘクタールは地球という惑星のほんの小さな一点です。しかしそれが何百万もの点になれば、この惑星全体が花咲く園に変わります。そうなれば、数えきれないほどの花びらや、それに囲まれた幸せな子どもやお年寄りたちの笑顔によって『地球の人間に、偉大なる共同の創造への準備ができた』ということが大宇宙に伝わるでしょう。
そして大宇宙の惑星たちはこう応えるでしょう。『人間たちよ、私たちは待っている。神の子としてふさわしい人間たちを、待っている』。
この千年紀が、偉大なる大改造のはじまりとなりました。何百万ものロシアの家族が、すでに自分の1ヘクタールの土地のために走り出しています。子どもたちのために、実際に愛の空間を創造している父親や母親は、精神性について話すだけのいかなる高名な賢者よりも精神性が高いのです。
私は、みなさん一人ひとりの精神が大地から芽を出し、美しい花や芳醇な実をつける木に育つよう願っています。そしてこの惑星のすべての区画でそうなるよう願っています!」
こう締めくくったあと、ホールはしばらくのあいだ静まり返ったが、その後大きな拍手が鳴り響いた。
私はその翌日もチューリッヒで登壇した。そしてまたもやホールは満員だった。その中には、元ロシア国民もいた。
私の話は、あまりまとまってはいなかったと思う。通訳を介していたのでなおさらだろう。しかし人々は席を立つことなく、耳を傾けてくれていた。それはおそらく、大きな力が私をとおして話しかけていたからだろう。その力はごく自然に湧き上がり、何千年ものあいだ人間の魂の奥底に確実に存在し続けている、計り知れない威力を持つものなのだ。それはすなわち、創造主たる人間の真の生き方を愛慕する気持ちなのだ。
そしてそのとき私は理解した。”意地悪な風によって遠くへ運ばれてしまった息子や娘たちがロシアに帰ってくることを、わざわざ証明する必要などない。彼らは必ず帰ってくるのだ!”と。アナスタシアの言葉を思い出していただきたい。
「その日には、多くの人たちがロシアを訪れる。子どもたちは皆、巨人テラモン(ギリシャ神話に登場する英雄の名。アトラスとも呼ばれ、世界の中心で天空と大地が接触しないように支えているとされる)のごとく、天と地を支える大黒柱として地球が生み出したもの。放蕩息子たちは帰ってくる!そして吟遊詩人(バルド)たちはいたるところでギターを鳴らす。年老いた人々と彼らの子どもたちはお互いに手紙を送り合う。そしてあなたと私も急にとても若くなる。人々が皆、はじめて若くなるの」
以上です。😊